2007年6月24日号
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嫁いびり 〜 家庭内のいじめ〜
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私の嫁ぎ先の話をすると、
友人たちは良くそんな家に嫁いだものだと呆れたような顔をする。
確かに、特殊な家ではあった。
姑と姑の実母、そして父親に認知されていない私生児として育った主人。
今でこそ片親など珍しくもないが、
その当時は就職にも影響する家庭環境である。
姑は、世間の好奇な目と卑下され続けた立場に過敏になり、
かなり厳しい躾をしたという。
人に指を指されることを極端に嫌い怖れた結果である。
子供らしい自由を味わうことなく育った夫。
常に禁止と否定、命令、この三つに縛られ続け、
思春期にはかなり外で反動が出ていたらしい。。。
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さて、私の方はというと・・・
北海道の地方都市に生を受け、
貧しいけれども静かなごく普通の生活の中で一人娘として育っている。
22歳の時に上京し、出版社に勤務していたときに主人と出会い
24歳で共に人生を歩む決意をする。
苦悩は結婚して間もなく始まることとなる。
結婚前はサバサバしていて、物分りのいい姑と思っていた私であったが、
一緒に生活してみると驚くような一面が次々と顔を見せ始めたのである。
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◆ 急に訪れる地獄
まず一番戸惑いを覚えたのは、
朝、何の前触れもなくシカトが始まることである。
挨拶をしても無視され一切口を利いてくれず、顔も背けたまま。
理由も分らずに、うろたえるだけの私。
親にも友人にもされたことのない現実にどう対処していいか分らず、
重い気持ちで時間をやり過ごすしかなかった。
そして、それはそのまま一週間続くのである。
やっと口を開いてくれた時の安堵感、お分かりいただけるだろうか。
暗闇に閉じ込められていた気持ちが解放される大きな喜びの瞬間である。
しかし、喜びもつかの間・・・
数日後には再び無視の日々が訪れる。
月のうち半分は、
姑の顔色を伺いながらビクビクしながら過さなければならなかったのである。
姑は血の繋がらない人間と家庭生活を送ったことがない。
ましてや嫁の立場になったこともなければ、姑に仕えたこともない。
実母と二人の息子。
自分の思い通りになる、いわば支配下に置くことの出来る者達としか
生活したことのない人である。
到底、嫁である私の辛い立場など分るはずがないのだと、
ドップリ被害者になりきっていた私であった。
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◆ 姑の言い分
姑にしてみれば、
全く理解できないほど出来損ないの嫁の言動に、
驚き戸惑い。
息子が選んだとはいえ、
「何で、こんな人間を・・・」と嘆き悔やんだことであろう。
口に出せば言い争いになる・・・
だから口を噤むのだとは、後に姑から聞いた言葉である。
シカトされる側の気持ちを思いやることの出来ない人なのだと思うと、
やりきれなさを感じた。
主人が子供の頃からも気に入らないことがあると、
口を利かなくなるのは日常茶飯事の事であったという。
出来た人という私の姑への解釈は間違いだったのかと思うと、
やりきれない気持ちで一杯であった。
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◆ 孫までにも・・・
子供が生まれてからも、
姑の姿勢は変わらず主人や私に気に入らないところがあると、
子供にまで当たるようになっていった。
火のついた線香を手に持ち幼子を追い掛け回したことも何回かあった。
姑は自律神経の薬を飲んでいたのだが、
どこにでも置いたままにしておくので、
「子供が口に入れると危険だから手の届かない所に置いてもらえないか?」
とお願いしたことがある。
姑にはそれが自分の落ち度を責められたような気がしたのだろう。
すごい剣幕で怒り出し、私の方が謝らなければ治まらない状態であった。
次第に、私は何も言えなくなっていった・・・
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