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2007年7月22日号

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最終回 『家族の絆』
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私は主人を受け入れ、許すことを選択した。

と同時に私は姑のことも理解できるようになっていた。

いつも責められているようにしか取れなかった姑の言葉も、

実は姑は責めていたのではなく、

私に解って貰いたい・・・

愛して貰いたい・・・・

という心からのメッセージをおくっていたのだと。

姑は、息子よりも私に愛を求めていたのだ。

それに気がついたとたん、私は姑がたまらなく愛しくなった。

飛んでいって「ゴメンナサイ」と抱きしめたいと思った。

私はすぐに、姑を受け入れ許す為の準備をした。

まずノートを開き、

今まで姑に言いたくても言えなかった事を感情を振り絞って殴り書きした。

されたり、言われたりした事で自分がどれ程苦しみ悩み傷付いたか。

恨み憎んだことを出し切ってしまうまで書き続けた。

全部出し切った私の心から姑への嫌悪感はスッカリ消えて無くなっていた。

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◆和解

私はすぐ、姑に電話をかけた。

風邪で臥せっていたらしいかすれた声が聞こえた。


「お母さん、今までお母さんのこと解ってあげられなくてゴメンネ。

わたしいつもお母さんに何か言われる度に責められていると思っていたの。

でも、違ったんだと言うことがやっと解った。

お母さんは、自分も嫌な思いをしながら、ワタシに色んな事を教えてくれていたのね。

本当に有難う。

今まで本当にごめんなさい。」

そこまで言った時、これまで聞いたことの無い言葉が返ってきた。


「私こそ、 悪かったね。」

義理の親子になって28年。

詫び言葉など決して口にしたことのない人だった。


私たちがやっと本当の親子、家族になれた瞬間である。

この日から私は愛情一杯の心で母に接することが自然になり、

母を思うと気持ちが暖かくなり安らぎを覚えるようになった。

時間の取れるときは会いにも行く。

足を擦りながらでも、駅まで出迎えてくれる。

とても嬉しそうな顔をして。

今年もまたあのやわらかくなった笑顔で迎えに来てくれることだろう。

私も、とても楽しみである。

たとえ義理の親子でも人は理解しあうことが出来れば、

本当の親子以上になることが出来る。

それを遅まきながら私は実感することが出来た。

人は皆解って欲しいし愛されたい。

母が生きているうちに気付く事が出来て、本当に良かったと思っている。

母がこの先どれ位生きていてくれるのかは判らないが、

生きている限り一杯愛を送りたいと思う。


私は母(しゅうとめ)が大好きである。


(終)


約一ヶ月間に渡ってお送りしてきましたが、

最後まで読んでいただいたこと、心より感謝いたします。

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